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学園祭 2


 学祭ムードは着々と高まっていた。
 放課後に居残る生徒が増え、部活動の特別延長申し込みボードには部活名はなく、クラス名が書き込まれる。
 薄闇に包まれシーンとしているはずの校内に、賑やかな生徒の声がまだしているこの雰囲気はこの季節特有のものだ。
 今年も巡ってきた秋の空気を感じながら、藤木は校内の点検をしてまわっていた。
 そろそろ最終下校時刻だ。
 特別教室の施錠をして、まだ残っている生徒にそろそろ帰るように告げて歩いていた。
 次の階の教室に向かう途中、上の階から怒声が聞えて藤木は足を止めた。
「こんなんで人前に出れるか!!」
 という声は藤木の聞いた覚えのある声だった。
 憎めない問題児、坂井直司の声だ。
「往生際が悪いぞ、坂井」
「……っ、だって……こんな……」
「似合ってるがな」
「くそっ、人事だと思いやがって……」
「俺達も観念するから、一緒に恥じかこうぜ、坂井―」
「そうだぜ。赤信号、みんなで渡れば怖くないって言うし」
「赤信号以上のもんがあるだろう、コレ」
 藤木が覗いた教室に残っていたのは、このクラスの担任の叶と男子生徒ばかりだった。
 男子生徒とわかったのは机に学生服が散乱していたからで、実際に生徒達は華やかで可愛らしい女物の服を着込んでいた。
 ある意味、異様。
 そう言えば、このクラスは女装喫茶をするんだったか。
「賑やかですね」
 椅子に座っている叶に声をかければ、驚いた様子もなくそうだろうと楽しそうに返事をする。
「衣装合わせってやつですか?」
「あぁ。あと、ご指名用の写真撮影だ」
 叶の手にはカメラがある。
「あ、藤木さん」
 わいわいと教室の後ろの方で騒いでいた中から下村が藤木に気がついて振り返った。
「……似合うじゃないか、下村……」
 一瞬呆気にとられながらも藤木はなんとかそれだけ言った。
 それに応じて下村もしなを作って、ありがとうございます、と高い声を出した。
 声は男だ。
 他の男子生徒はまぁ投票で選ばれただけのことはある程度に似合っている。
 服は女子生徒からの寄付だそうで、かなり綿密な計画のもとそれぞれの男子に宛がわれたらしい。
「でももっと可愛いうちの看板娘がいるんだぜ?」
 まるで自分の自慢をするように、叶が笑って顎で教室の一番はしで小さくなっている坂井を指した。
「余計なこと言わないでください!」
 泣きそうにも聞える怒声に、叶は楽しくて仕方ないとでも言うように笑っている。
 下村も笑いを噛み殺す。
 口元にきちんと手をやっているあたり、さすがである。
 しゃがみこんだ坂井をクラスメイトが無理矢理立たせて、藤木にさぁどうぞと差し出す間、坂井はかなりおっかないことを口にしていたのだが、女装した男子生徒はもう自棄なのか聞いていないふりを決めこんだ。
「…………なるほど……、看板娘のようですね」
「だっろー? うちの女子達のセンスのよさには脱帽だ。もちろん、坂井のベースも可愛いのは可愛いんだけどな」
「可愛くなんかねぇよっ!!」
 羽交い絞めにされた坂井の目は羞恥のせいか涙目で潤んでいる。
 それがよけいに可愛くうつるのだが、本人には自覚がない。
「本番が楽しみですね」
「藤木さんまでそんなこと言うんですか!?」
「覚悟を決めろよ、坂井。下村を見習え」
 目尻にたまった涙の粒が大きくなったように見えたのは気のせいか。
「叶先生も女装されると聞いたのですが」
「あぁ、俺はまた後日のお披露目ってことでね」
「そうですか。あぁ、そうだ。そろそろ下校時刻なんですよ。坂井、覚悟を決めてさっさと撮ってもらえよ」
「藤木さん!!」
 縋るような坂井の声に手をふって、藤木は次の教室へと足を向かわせた。
 その後にはシャッターを切る音が響いていた。
 これは本当に学園祭当日が楽しみだと、無表情の下で藤木は思った。


 その日の放課後、高岸少年も居残りをしていた。
 やっと作業から解放されて、伸びをしながら靴を履き替え玄関に出ると、そこには疲れた中年のような姿の下村と坂井がいた。
「坂井さん、下村さん」
 声をかけ隣に並ぶと、おうと気さくに返事をしてくれる。
 多少とっつきにくいし、平気で無茶をするところがある二人だが、高岸にはよくしてくれる。
 高岸も決して人懐っこい人間ではないが、この二人には自分から話しかけることができる。
 頼りにできる兄貴分だ。
「お前も居残りかよ。何するんだ?」
「俺んトコは模擬店で、ホットドックするんですけど、キャベツを延々と刻んでました」
 本当に延々と格闘していたのだ。
 キャベツ相手に。
 最初の方は単純作業を言い渡されてラッキーとばかりに数人の悪友と喋くりながら包丁を動かしていたのだが、日が暮れる頃にはもういい加減緑色の球体と格闘するのに嫌気がさしてきた。
 しかも、だるさに負けてだんだんと大雑把になる千切りには女子一同からクレームがつく始末。
 もうしばらくはキャベツは見たくないとしみじみ思う。
「坂井さんたちは何するんですか?」
 純粋な問いにはしばらくの沈黙。
 坂井は明らかに嫌そうな顔で黙し、下村は面白そうな顔で笑いを噛み殺している。
「ま、本番までのお楽しみってことで」
 とっぷり日も暮れた時刻。
 学園祭前の準備に疲れたはずの学生達の足取りはそれでも重くはなりきらない。  
 三人が、疲労を口にしながらとぼとぼと足を進めていると、不意に三人が同じタイミングで足を止めた。
「……聞えたか?」
「あぁ」
「俺も聞きました」
 三人とも同じ方向に顔を向けている。
 三人が聞いたのは、男の怒号と女の子の抗議の声。
 しかも、その女の子の声が聞いたことのある声だったから、三人の足はピタリと止まったのだ。
 視線の先には公園がある。
 時々、柄の悪い連中がたむろしている公園だ。
 誰ともなく歩をすすめ、公園内に足を踏み入れる。
 思ったとおり、そこには見たことのある数人の柄の悪い連中とよく知った少女とその友達だろう、同じ年頃の少女がいた。
 友好的な雰囲気ならば、少女ももてるのだなと思って立ち去るのだが。
「よぅ、安見。何してんだ?」
「ずいぶんと柄のいいお友達つれてるじゃねぇか」
 声をかけると、安見は険しい顔をぱっと綻ばせ、男達はにやけ顔をひきつらせた。
「友達に見えるんなら、下村さん、サイテー」
「はいはい、悪かった」
 おいでと手招くと安見は友達の手を引いて下村たちの方へ逃げてきた。
 安見は高等部の数学教師の秋山律と国語科教諭の菜摘の娘で、中等部に在籍している。
 坂井や下村とも仲がいい。
 高岸とはそんなに面識がないようだが。
「どうしたんだ?」
「ナンパされたの」
「お前が!?」
「何よ、ソレ。どう言う意味?」
 じとっと愛らしい瞳で見上げてくる。
「いや、まだまだ子供だと思ってたんで」
 失礼シマシタ。
 そう告げて坂井が謝罪すると、澄ました表情で許してあげると言った。
 友人の表情はまだ強張っている。
「どっかで見たことある面だな」
 坂井がはてと首を傾げる。
「一週間前にお前がのした奴らだろ?」
「あ、そっか。あんまり弱いんで、忘れてた」
 あっけらかんとした漫才めいたやり取りを黙ってみていた男達は切れた。
「ふざけんなー!!」
 公園にはしばらく、肉を打つ生々しい音と怒号と悲鳴と嘆息とが響いていた。


 数年後からは学園祭前の居残りを終えての日没後の通学路にも警戒態勢がしかれたらしいが、それの発端となったこの連中は卒業してからの話だったので預かり知らぬ話である。


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疲れた……(笑)ここでなーんとなく高岸と安見の出会いという感じで。もうだめだよ、高岸。

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