30000hit企画
学園祭 3


 そんなこんなで学園祭の当日がやってきた。
 きてしまった。
 よって川中学園長のテンションはピークに達している。
「生徒、登校してくんの早いなぁ」
 学園長室の窓辺に椅子を移動させて眼下で校門をくぐる生徒達を眺めている。
「みんな準備がありますからね。もう教室の方は賑やかですよ」
「お、安見発見。安見は中等部だから舞台発表か」
 中等部は舞台発表か展示をすることになっている。
「えぇ、確かロミオとジュリエットのジュリエット役をされるとかで秋山さん随分気をもまれていたようですよ」
 そう言えば川中も、秋山が突然叫びだしたりする姿を目撃している。
 生徒からはいきなり秋山が授業中に娘を嫁に出す父親の心境がいかなるものかを語りだし、焦って恋愛するんじゃないぞと泣きそうな顔で説いたのだが、秋山先生はどうされたのでしょうかと相談も受けていた。
 あいつはあいつなりに悩みがあるのだろうと思っていたが、そういう悩みか。
 ならばからかっても大丈夫だ。
 今日の楽しみがまた一つ増えた。
 頭の周りに♪マークが飛び交っている川中の姿を見ながら藤木は重い溜息をついた。
「開会式では学園長の挨拶がありますから、お忘れないように」
「藤木はどうするんだ?」
「私はこれから、学校周辺の警備です」
 なんだ、一緒にいられないのかと肩を落とす川中に藤木は今度は甘い溜息をつかされる。
 この人が手放しで浮かれている姿はどこか自分への苦労が予感されて素直にその姿を喜べないのだが。
「昼食の時間には時間が空きますから、ご一緒しましょう」
「わかった」
「では、あまりはしゃがれないように」
 釘をさして、川中の子供じゃないという反論を聞く前に藤木は学園長室を退室した。

 そしてここにも♪マークを飛ばしている人物がいた。
「やけに楽しそうだな」
 と桜内が声をかけたのは山根で、
「先生こそ随分楽しそうじゃないの」
 山根も同じく返した。
 つまり♪マークを散らすのは二人いるのである。
「どうせ、あれでしょ? F組の女装喫茶の写真で稼ごうっていうんでしょ?」
 ふふんと鼻で笑われる。
 そういう山根の手にはなんと剃刀が握られている。
「……で、お前はこれから何をしようとしているのか、俺に教えていただけますか?」
 言い方が馬鹿丁寧になったのは、山根の持つある種の凶器が自分に向けられる可能性が無きにしも非ずだと思うから。
「あぁ、コレ? そのF組の坊や達の脱毛しに行くのよ」
 にこやかに答えられ、桜内はほうっと息を吐いた。
「そりゃあまた……念入りなことで」
「その方が見栄えがいいでしょ?」
 ヒュンヒュンと振られる剃刀の刃が閃光がいろんな意味で怖い。
「さぁて、若い男の子達にセクハラしてこよっと」
「悪かったな。若くなくて」
「成熟してて素敵よ、センセ」
 くらりときそうな笑みを残して山根は部屋を出る。
 言い負けたような気がして桜内はチロリと唇を舐めた。
 そして、今日の写真部の配置図に目を落とした。
 こうなれば、とっておきの写真を撮って校内にばら撒いてやろうではないか。
 山根と桜内の愛人関係の奇妙な勝負(?)の被害者は不運なF組の男子達に絞られた。

 ひょっとしたら学園最強なのかもしれない山根保健医に、散々セクハラされた不運なF組男子はげっそりとしていた。
 なんで自分達がこんな目に、と思ってしまう。
 面白そうに傍観していた準備組の男子が恨めしい。
 といっても、準備組の男子達もかなりの重労働を強いられていた。
 看板設置からメニューのお菓子類の製作は全て男子の手によって行われた。
 女子の監督のもとで。
「今年の学祭じゃ、一番客入りのよかったクラスには金一封出るのよ」
 何かと金一封の絡んだ学園祭である。
「だから、頑張りましょうねー」
 そんなにこやかな女子一同の笑みには、哀れな少年達はひきつった笑みしか返せなかった。
「お、準備できてるな。ご苦労さん」
 教室もすっかり喫茶店の様相となり、あとはメインの接待役が準備すれば完璧。
 そこに叶が顔を出した。
 開会式までの時間は各クラスでのホームルームになっている。
「かのーせんせーはー、山根せんせーにセクハラされなかったんですかー?」
 素朴さと嫌味の交じった問いに、叶はにこやかに答えて見せた。
「俺が山根にセクハラされたら洒落にならないものがあるので、されてません」
 確かに洒落にならない。
「だけど、大崎先生にはセクハラされてきたぞ」
 はい?
 とでも言いたそうにクラスの目が叶の方を見る。
 大崎はこの学園のかかりつけの医師で、すぐ近くに小さな医院を設けている。
 若い男に目がないことで有名。
 男子一同にとっての内科検診などの大崎による診察は憂鬱の種になっている。
 決して美人でないわけではないのだが、うら若い健全な男子生徒にとっては大崎は母親ほどの存在で、あの色気の毒牙もきつすぎる。
 ある意味脅威だったりする。
「こんな俺でも、あんな男との友情を保とうという気持ちがあるんだ」
 ちょっと遠い目をしてみせる叶に疲労の色が見える。
 生徒の前で桜内と山根の関係を暴露してしまうのに、友情崩壊の危機はないのかというツッコミも、その表情の虚ろさに入れることが出来なかった。
 これはちょっと飛んでしまったかと、クラスはとうとう放心状態に入った担任を放って準備を続けた。

「高岸、邪魔―! あんたただでさえでっかいんだから、もうちょっと小さくなってキャベツくらい切りなさいよ!」
「男子早くキャベツ切って!」
 戦場だった。
 ガスコンロとオーブントースターを持ち込んだ教室は。
 女子の怒声に男子の反抗と愚痴が応え、一喝されて謝罪を口にするという……
「スミマセン」
 高岸も素直に謝罪して、今日更に追加されてしまったキャベツと格闘する。
 片付けてしまったはずのキャベツは不足することを見通して、また大量に仕入れられて今高岸の目の前に転がっている。
 悪夢再び。
 高岸はでかい体を小さくして、トントンとキャベツを刻んでいた。
 玉ねぎを切っているわけではないのだが、涙が出てきそうだった。
「もうっ、高岸、ほんっと邪魔!」
 学校行事に真剣に取り組むが故の物言いの女子に言い返すこともできずに、高岸はできるだけ小さくなるのだがでかいものはどうしようもない。
 背後を忙しく行き来する女の子の一人にドンっと激しく体を当てられる。
「わっ!?」
 ちょうど包丁を握りなおしていた高岸はそのまま、自分の手に握った包丁で自分の左手に切りつけてしまう。
 惨事、である。
「うおっ!? 高岸ィ! お前、めっちゃ流血してる!!」
「うわぁっ、血ぃ出てる!!」
「高岸、大丈夫かー!?」
 一瞬にしてパニックにおちいる男子と高岸本人の慌て様に、生徒の溢れる調理室がパニックに陥った。
 高岸の手から流れる血がキャベツに落ちる前に、一人の女の子がさっとそのまな板と包丁をどかした。
 そして、
「うっさいわよ! 男子! そんくらいの出血でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃないの!」
 一喝した。
「そーよ。高岸、それたいしたことないみたいだから、あんたさっさと保健室行ってきなさいよ。手、心臓より高いとこに上げてなさい」
 女は強し。
 男よりも女の方が血に強いと言うが、このクラスの女子はある意味それ以上のものがある。
 流血を厭わないその姿勢に男子はそっと青ざめた。
「…………スミマセン」
 すごすごと作業を開始する。
 高岸はさらに小さくなりながら調理室を抜け出した。
 切り付けたのは親指と人差し指の間で、刃物でできた傷だからじくじくと痛みだした。
 出血は相変わらずで、調理室を出る前に借りたハンカチで押さえながらとりあえず肩のあたりまで上げて歩く。
 キャベツから遠ざかりなんだかラッキーなのかアンラッキーなのかわからない。
 苦笑しながら歩いていると、廊下の向こうに見慣れた姿が目に入った。
「高岸? どうした?」
 担任の西尾だった。
 離れたところから見れば手を上げての挨拶に見えるのかもしれない。
「いえ、ちょっと手ぇ切ってしまいまして」
「切ったのか? 手を?」
 そう聞くと、ちょっと顔色を変えて早足で近付いてきた。
「ひどく切ったのか?」
「痛いんですけど、女子がたいしたことないって」
 気の強い女子のそろうクラスの担任だから、力関係を理解している西尾は高岸のドジに女子が叱咤を飛ばしたのだろうと察してふっと笑った。
「まいったな、今、保健室、山根先生いないんだ。他のクラスの生徒が金槌で自分の手を打って酷く腫らして骨に異常がないかって病院に行ってて」
 なにやら学祭前にトラブルが各クラスで相次いでいるらしい。
 それも毎年のことだが。
「とりあえず消毒くらいなら俺にもできるだろうから、保健室まで行こう。あんまり酷いようだったら病院で縫ってもらわないと」
 そう言って西尾は来た廊下を引き返す。
 高岸もその後に続いた。
 前を行く西尾は高岸よりもずっと背が低い。
 学内でも一位二位の長身の高岸だから、誰を見ても自分よりは低いのだが西尾はまた一段と低く見えた。
 実際よくしてもらっている坂井や下村は自分よりも低いが、存在自体が自分なんかよりもずっと大きく見える。
 それは二人の姿勢や心身の強さのせいだろ。
 その感じとは西尾はまた違う。
 西尾は個性豊かな教師陣の中でも割と大人しい方だし、腕力もそんなに強くはないだろう。
 けれども存在の小ささを感じさせない。
 知的さがある人間はこの学園には失礼ながら少ない。
 例え知的であっても、普段そんな匂いがしないような連中ばかりだからだろうか。
 淡白なように見えて人知れないところで情熱を見せる。
 他校と生徒が問題を起こした時に、西尾は徹底的のその問題について調べ上げどちらに非があるのかを相手の学校に問い、自分の生徒の潔白を証明して見せたことがある。
 曲げることのない芯を隠している人だ。
 高岸はこの教師が好きだった。
 保健室に山根はまだ帰っておらず、不在の間に訪れた生徒もいないようだった。
 西尾は高岸をパイプ椅子に座らせると、消毒液やら包帯やらを準備し始める。
「ハンカチ、取って」
 クラスの男子と同じく、血に強い方だとは思えないこの人に見せても大丈夫だろうかと少し不安になる。
 高岸はまだハードな部活で擦過傷をつくることなどはしょっちゅうだが、西尾はそういうことには無縁に見える。
 そんな心配をしながらも、高岸は握っていた手をそっと開いた。
 水色のチェックのハンカチに滲んだ血の色がまず目に入る。
 けっこう広範囲に広がっている血の色に、西尾が僅かに怯んだのが高岸にも伝わった。
「……あの、先生、こういうの苦手なら俺自分でもできますから」
「馬鹿言うな。生徒が怪我してんだから、何もしないわけにはいかないだろう」
 気を遣った高岸の申し出に、西尾は意外にもそんな言葉で応えた。
 ムキになっているらしいが、ハンカチを取り除こうとしている手が僅かに怖気づいている。
 張り付いたようになっているハンカチが剥がされる感触にぴりっと痛みが走り、高岸は眉を顰めた。
「痛いか?」
 慌てたように尋ねてくる西尾に、いいえと平気な声で答える。
 ハンカチが除かれ、避けた皮膚の間からまたじわりと赤い血が滲み出した。
「…………っ」
 西尾の眉が八の字になる。
 泣きそうに歪んだ表情が子供のように見えた。
「先生、ホントは苦手なんでしょう? 見ない方がいいですよ?」
 慌てて高岸は自分の左手に右手をかざす。
 西尾の方は痛いのは生徒なのに逆に心配されている自分が情けなくて、ますます自棄になる。
「煩いな。怪我人は黙って手当てされて……」
 西尾が高岸の手をどける。
 高岸の視界の中で西尾の顔色がどんどんと失われていった。
 あ、ヤバイ。
 そう思った瞬間には西尾はざっと体を引いて背中を向けていた。
「あっ、と。先生、ダイジョーブですか?」
「だ、い、じょう、ぶ、だ」
 ゼンゼン大丈夫じゃない。
 高岸の手からはボタボタと血が溢れてしまっていた。
 さっき切ったばかりだから仕方ないのは仕方ないのだが。
「こっち向かない方がいいですよ」
「わ、かって、る」
「大丈夫ですか?」
「いいからっ、自分の心配をしろ! そんなに血がでて、本当に大丈夫なのか?」
「そんなに深くはないと思うんですけどね」
 こういう小さな怪我というのは、たいがい周りの心配に反して本人は平気だったりするものだ。
 高岸も血に強い方ではないが、自分の怪我だと思えばまだましな気がする。
 しかし、手当てをしてくれると言った西尾がこういう状態。
 片手ではなかなか治療しにくい。
 はてはてどうしたものかと思っていると。
「何やってんだ?」
 呑気な声が聞えてきた。
「桜内先生」
「おう」
 顔をのぞかせたのは桜内だった。
 そう言えば桜内はクラスを持っていない。
 暇ではないはずだが、暇だと豪語してぶらついているのだろう。
「西尾はどうしたんだ? 高岸、健全な高校生だからと言って教師を押し倒しちゃいかんぞ」
「何言ってんっすか!?」
 かぁっと高岸が赤くなった反応に満足したのか、桜内はきししーと人を食ったような笑みを浮かべる。
「俺が手、切っちまったんですよ。で、西尾先生に手当てを頼もうとしたら……」
「逆に気分が悪くなっちまったとな。実に可愛い反応じゃないか。どれ、見せてみろ」
 ぎろりと睨んでくる西尾の視線をわざと外して桜内は高岸の手を見る。
 今でこそ高校の危ない生物教師だが、昔はどうやら名のしれた外科医だったらしい。
「浅いじゃないか。血が止まってないから大怪我に見えるがな。こんなの縫う必要もない。つまらん」
 本当につまらなさそうに言って、桜内は消毒液を高岸の傷口にぶっかける。
「……!!」
 声にならない悲鳴を上げて高岸が手を引こうとする。
 それをニヤニヤと笑いながら桜内が引っ張り返す。
「我慢しろよ」
 声が笑っている。
 この教師、サド決定。
 こうなれば意地でも呻きもあげるものかと歯を食いしばった高岸を探るように見て、桜内は面白そうにまた笑った。
 本当はもっと優しくできるはずなのに、ガーゼを当てる仕草は乱暴だ。
 ピンセットの先端が直に傷口に当たって、噛み締めた歯が思わずほどける。
 それでも息も殺して耐えると、桜内の方が飽きたのかつまらなさそうに嘆息して、普通にガーゼを当てだした。
 そうなれば丁寧な手付きで、開かないようにと巻かれた包帯もしっかりと巻いてあって、少し動かしたくらいでは解けそうにない。
「終わったぞ、西尾。泣かずに我慢した生徒を誉めてやってくれ」
 高岸の頭をポンと叩いたそのついでに桜内の手は西尾の頭を叩く。
 かぁっと朱ののぼる西尾の横顔を見ながら桜内は笑いを噛み殺しながら出て行った。
 あの人は楽しければなんでもいいのかと、人間性を疑う視線を白衣の背中に向けた。
「……悪かったな」
「え?」
 桜内のスリッパの底をこする独特の足音が遠ざかってから、西尾がポソリと言った。
 高岸にすぐに意味は通じない。
「……手当て、しようと思ってきたのに、何もできなかったし。頼り甲斐ない教師で」
 自己嫌悪に陥っているのだろうか。
 あまり見ない沈み気味の表情に高岸は笑った。
「気にしないでくださいよ。先生のそういう弱味とか見るの、生徒には楽しみなんだから」
 そんなフォローに西尾が悔しそうに、でも綺麗に笑った。

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高岸から発生する→2コ目。高岸→西尾でございます。もうだめだ。高岸。西尾先生はあきさまに捧げさせてください。弱い西尾先生で申し訳ないですけども(>_<)

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