30000hit企画
学園祭 5



 ざわざわと廊下がざわめく。
 一人の人物が歩くのにあわせて視線が移動する。
「キドニー、どこに行ったんだー。早くしないと俺の見回りの順番がきちまう」
 叶竜太郎その人である。
 着物などこのかた着たことがないと言いいながら大崎先生に着付けてもらったのだが、何事も器用なこの男。
 廊下を歩くその足取りは慣れたもので、裾を綺麗に捌いて歩く。
 午後になれば見回り交代で、叶はまっとうな教師の恰好に着替えて表に立たなければならない。
 それまでに宇野にこの自称・晴れ姿を見せてやりたいのだが、と、教室を飛び出した次第。
 宇野は午前中は学外からの訪問者の受け付けをしているはずだから校門付近まで会うはずなのだが、この姿でそんなところまで行けばお怒りを買うのは確かなので校内だけでやめておく。
 いないかなぁ、とうろうろしていると、
「叶!!」
 聞き慣れた怒声に名前を呼ばれた。
 振り返ると、どう考えてもご機嫌麗しくない宇野が立っていた。
「キドニー、よかった。探してたんだ」
 へらっと笑って、叶は宇野の方へ近寄る。
 近寄るといつもの倍深い眉間の皺が見えてくる。
「……なんだそのふざけた恰好は」
 押し殺した声に滲む怒りに、叶は多少たじろぐ。
 この自由奔放、何を考えているのかわからない叶に勝てる者は少ない。
 その数少ない人物の中に宇野の名前があがる。
「そそるかな、と思って」
 ほんのすこーしの悪いことしたかな? と言う自己懐疑。
「何が?」
「喪服」
「誰の?」
「俺の」
「俺が、お前の、喪服姿に、欲情するとでも本気で思ったのか?」
 よく考えろ、と言うようにゆっくりと言い聞かせる。
 ざわつく廊下で暫らくの沈黙。
「……ちらっと、思ったんだけど……」
「阿呆」
 心からの侮蔑を込めて言い放つ。
 さすがにそれは叶の胸に堪えた。
「恥ずかしいからさっさと着替えて来い」
 重い重いため息をつき、宇野はさっさと叶の横を通り抜ける。
 へこたれた叶も、一体なんのために女装までしたのかを思い出し慌てて宇野の背中を追った。
「なっ、なぁ、でも、似合うとは思わないか?」
「あぁ、似合ってる似合ってる」
 顔に面倒臭い、と書いてある。
 相手にされないとわかっていながら叶は懸命に宇野に話し掛ける。
 この光景は学園では日常茶飯事。
 学園祭になると叶の服装が異常になるだけのことだ。
「……どこまでついて来る気だ?」
 宇野が休憩にと自分の城である資料室の前で鍵を開けようとしたところで宇野は尋ねた。
 背後には喪服を着た自分よりも大きな男。
 あまりいい気分じゃない。
「ココ」
 振り向いた宇野と叶が睨みあうこと数秒。
「他に行け」
 とのお言葉を受けて叶は、
「だって、ココで着替えたから」
 と返事をした。
 返事をもらった宇野がドアの方に向き直り、手にしていた鍵をしまって取っ手に手をかけドアを引いてみた。
 ガラリ……
 見回りに出るときにこの部屋の鍵は閉めたはずだ。
 鍵も宇野が持っている。
 スペアキーで開けたか、はたまた針金を使用したか。
 再び降りてきた沈黙の後、宇野は室内に一歩だけ踏み出した。
 同時に後ろ手でドアを閉めて鍵もかける。
 以前これをして見事叶の革靴を挟まれ阻止に失敗したことがあるが、今日は喪服に合わせた足下は革靴のように硬くない。
 ピシャリとドアは閉まった。
「キドニー!? 閉め出すか!? 着替えろと言ったのはお前じゃないか!」
 ドアの向こうでギャンギャンと叶にしては珍しくうろたえた様子で訴えてくる。
 資料室の書架には叶のスーツがハンガーにかけられ吊るされている。
 叶の喚きを聞きながら時計を見た。
 早くしないと昼食を取る時間もなく叶は見回りに行かなくてはならなくなる。
 まったく。
 そんな呟きと溜息を一つ。
 宇野はドアにかけた鍵を下ろした。


「先生、藤木さんは?」
 学園長室に連れてこられる間は、自分に向けられる視線の意味に気が付いて真っ赤になっていたが、人目のない部屋に入ると革張りのソファーに沈み込んで疲れたぁと、坂井らしくない弱音を吐き出していた。
「見回りだ。もう少しかかるみたいだから、お前は先に食べてればいいぞ」
 差し出された模擬店の売り物に坂井がやっと頬を緩めた。
(お、可愛い)
 サンダルを脱ぎ捨ててぐっと伸びをする。
 好奇の視線から逃れてリラックスしたのか、大きな欠伸を一つ。
 色気がある仕草ではないが、目が離せない可愛らしさがある。
「あ、ホットドッグ。これって、高岸のクラスのヤツだ」
 キャベツにうんざりしていた後輩の姿を思い出して、また笑顔をのぞかせた。
 そうして、大きな口をあけてホットドッグにかぶりつく。
 どんな姿をしていても坂井が食事をしている姿は微笑ましい。
 食欲旺盛で実に美味そうに食べる。
 しっかり咀嚼し、胃におさめる。
 肉体的な疲労で空腹になるのは当然の話だが、精神的疲労でも坂井は腹が減るらしい。
 川中に差し出されるままに模擬店の品物を平らげていく。
「ご馳走様でした」
 パンっと手を合わせて軽く頭を下げる。
 腹が満ちれば坂井の顔には笑顔が浮かびやすくなるというのは、坂井と付き合う人々の中で頻繁に使われる裏わざだ。
「あー、教室戻りたくねぇー」
 今日はそれでも憂鬱な一日なのか、浮かんだ笑顔はすぐに消え去った。
「今日一日の我慢だろ? それに似合ってるんだから問題ない」
「俺の中では問題あるんですよ」
 ソファーにぐったりともたれて愚痴を零す。
「なんか、今年、警備大変なんですか?」
 いつまで立っても帰ってこない藤木を思ったのか、不意に坂井が話題を変えてきた。
 クラスのことについては一応腹はくくってあるのだろう。
「お前が景気よく暴れてた頃のつけが回ってきてるんだろう。一年にも元気なのがいるしな」
 学校の責任者としては憂うべき事態なのだが、この学園長は一味違うらしい。
 楽しそうだ。
「元気があっていいことじゃないか」
「先生がいいって言うんならいいんですけどね」
 そう言いながら欠伸を噛み殺す。
 慣れないことをして随分疲れているようだ。
「それにしても遅いな。ちょっと見てくる。お前は適当に休んだら戻るなり寝ちまうなりしてればいいぞ」
「そう言われると逆にサボりにくいんですよね」
 彼らしいことをポソリと言って、ソファーに沈んだ。
 後には忍び笑いとパタンと静かにドアを閉める音が続いた。


 数十分後、学園長室のドアが遠慮気味に開いた。
「マジで寝ちまった………」
 罪悪感を滲ませて自分に言い聞かすために呟いてから、学園長室のドアを後ろ手でパタリと閉めた。
 寝癖を直そうと思って頭に手をやれば飾りのついたピンが抜けてしまった。
 これでまた何か言われるのかな、と不安にもなる。
 川中達は外で食事をしているのかなかなか帰ってこない。
 といっても、坂井が眠ってしまったのは二十分くらいなものなのだが。
 廊下にひょこりと顔を出してみて人気がないことを確かめる。
 来る時は川中がいたから恥ずかしさもそんなに酷くはなかったが、この恰好で一人で歩くのはかなり恥ずかしい。
 学園長室のある最上階は普段からあまり人気がない。
 会議室がいくつかあるだけで、今日の学園祭には使用していないのだ。
 それに安心して自分のクラスに戻るのに一番近いルートを思い浮かべ、歩を進める。
 この階から校門付近がよく見える。
 客引きに出ている生徒や、校門までの道に模擬店を出している団体もあって賑やかだ。
「みんな怒ってるかな………」
 と坂井が心配しているクラスでは……


「坂井、まだ帰んないのー?」
「もう何分よ」
「あっちゃー、これってもう既にご馳走様されちゃったかしらねぇ」
「沢田! 俺、迎えに行ってくる!!」
「ダメよ! これから込むんだから!! 花がいなくなったらどうすんの!!」
「坂井が食われる!」
「あんたじゃないんだから大丈夫よ!!」
 邪推に満ちていた。


「あー、マジで着替えてぇ」
 胸のモヤモヤを吐き出すように、ふぅっと気合の入った溜息をついた。
 寝起きで疲労もあり、おまけに放送部による校内放送も流れていたせいか、坂井は背後に忍び寄る気配に気がつけなかった。
 坂井らしくないミスではあるが、この日ばかりは仕方ない。
 何をしても学祭だし、の一言で済ませることができる日だから。
 それも、この学園の生徒の挙動に限られるが。


「どうしよう」
「どうするよ」
「どうするかなぁ」
「何するんだよ」
 困惑気味な声がヒソヒソと声を交わすのは、学園長室のある階の最奥にある小会議室だった。
 床の上には女装姿の坂井が横たわっている。
 薬を嗅がせたせいで、今は眠っている。
 坂井を無謀にも拉致したのは、学祭前夜に安見に絡んで坂井と下村にボッコボッコにされた連中だった。
 学内に入るのに身だしなみだけしっかりして優等生を気取ってみたら、以外にもあっさり入れた。
 後は虎視眈々と坂井と下村に仕返しのチャンスを狙っていたのだ。
 学内に潜り込めたのはいいが、狙いの坂井と下村の姿を見て闘争心を削がれた。
 それでもなんとか仕返しをしたい一心で隙を窺っていると、坂井が一人になった。
 思わず掻っ攫ってみると、簡単に捕まえることができた。
 が、実際間近に女装した坂井を見るとリベンジしようという気は失せていく。
 よって、上記のような情けない会話となる。
 小会議室に満ちるのは悪意ではなく失意だった。

 時刻は三時半。
 閉会式まで残り三十分。


 メニューの品が切れてF組は早々に閉店となった。
 それでも驚くほどの売り上げがあったので、みな満足顔だ。
 が、その中に一人浮かない顔の下村がいる。
 既にガクランに着替えて携帯電話の着信を気にした。
 坂井が学園長にテイクアウトされてから帰ってきていない。
 いくらなんでももう解放されているはずだ。
 嫌がってはいたが、坂井は一度頼まれた仕事を途中で放り出すようなヤツでもない。
「坂井、遅いわね」
「あぁ……、電話、してみるかな」
 あんな恰好で連れ去られて、一人で廊下を歩くのが恥ずかしくて困っているのかもしれない。
 いい方向へと思考を転じさせて、下村は坂井の携帯番号を呼び出した。
 電子音が暫らく続く。
 それが途切れてほっとしたのも束の間。
 通信は何も告げることなく一方的に切断された。
 下村に心配をかけてしまうようなことを坂井は嫌がるから、坂井の仕業ではないだろう。
 川中の仕業ではないのは確かだ。
 嫌な予感が下村を襲いはじめた。
「なんだ、もうオシマイか?」
 太い声が入口からかけられる。
 顔を出したのは図書館の主と言われている土崎司書だった。
 豪快な人柄で図書館には似合わない人物ということで知られている。
 実際は気さくで、だだ広い図書館のどこにどの本があるかほとんど網羅している図書館のナビゲーターだ。
「すみませーん。もう閉店でーす」
「そりゃ惜しいな。坂井はまだ着飾ってたがな」
 閉店してしまったのなら仕方ないと踵を返そうとした土崎の腕を下村ががしっと掴んだ。
「土崎さん、坂井を見たんですか!?」
 下村の声が乱れたところなど見たことがない。
 その勢いに多少押されながらも土崎は頷いた。
「あぁ、見たぜ。屋上から垂らしてる垂れ幕が風で捲れあがってるっていうから直しに上がったんだ。そしたら、ちょうど正面に学園長室前の廊下が見えるだろ。えらく可愛らしい嬢ちゃんが歩いてると思ったら仕草が坂井でよ。そうしたら男子生徒が何人か来て一緒に小会議室に入ってった」
 遠目だし、土崎には連れ立っているように見えたのだろう。
 顔色を変えて教室を飛び出した下村を見送る。
 クラスメイトはそれが決定打となり、以前からどうだろうと審議されていた下村・坂井恋人説が真実であることを一人の漏れなく知ることになる。



「仕方ねぇ」
 と、一人が言った。
「……。仕方ない、のか?」
 と、一人が尻込む。
「殴るのは気がひける。何故なら、仇敵坂井直司が可愛いから。ならば」
「ヤるしかないだろう」
「……マジで?」
「マジで!」
「だって、いっくら見た目可愛くても坂井だぜ? 男だぜ? 俺、ホモじゃねぇし」
「俺だってそうだけど、このまんま帰るのもなんだしよ。殴ったら殴り返されるだろうし、でもヤっちまえば表に出てこれねぇだろう」
「……そっか。あったまイイー」
 阿呆なことこのうえない会話は未だ懇々と眠り続ける坂井の頭上で交わされていた。
 ついさっき坂井の携帯電話が鳴り出してかなり焦ったが、坂井はまだ起きる気配はない。
「……ん」
 固い床がお気に召さないのか、坂井が寝返りを打つ。
 下村しか知らないことだが、寝返りを打つ坂井は色っぽい。
 まず寝相が悪いから寝返る度に毛布やタオルケットが捲れてしまう。
 今であれば、そう、スカートが。
『……………………………………』
 沈黙が落ち、一人がまるで引き寄せられるように坂井の頬に手を伸ばした。
 その瞬間。
「うごっ!?」
 眠っているはずの坂井の腕が空を切り、顔面を殴打した。
 起きたか、と身構える緊張感が漂う中、坂井は再びすうすうと寝息をたてはじめる。
 これも下村しか知らないことだが、坂井は寝相が悪い。
 朝起きると覚えのない痣ができていたりする。
「……この野郎……」
 心は決まった。
 再度坂井に手が伸ばされ、その手が頬に触れ鋭角な顎にかかった。
 その時。
 近付いてくる足音という前置きもなしに、ばったーん! と激しい音をたててドアが開いた。
 乱入者・下村が見たのは、床の上でぐったりとしている坂井の姿とそれに半ば覆い被さるようにしている男の姿。
 さらによく見れば、坂井のスカートは大胆にも膝上まで捲れてしまっている。
 これで切れなければ下村ではない。
「……てめぇら生きてこの学園から出られると思うなよ」
 低い声がそう告げた。
 この時少年達には下村が死神に見えたという。

 数分後、迎え討たれた少年達はボロボロの体を支えて小会議室から逃げ帰った。
 途中見回りの叶にその様子や状態を不審に思われ呼び止められ、たっぷりと尋問を受けてからの解放となった。


 閉会式まで後十分。
 部屋に差し込んでくる陽射しはオレンジ色に染まっている。
 閉会式のため、体育館に集合するようにとの校内放送も流れ始めた。
 もぞっと後ろから抱きしめていた坂井が身じろいだ。
 怪我もないし、何もされていないと言うことは下村がのした連中から聞いた。
 薬で眠っているのだから、無理矢理起こすこともできずに下村はさっきからずっと坂井の体を抱きしめていた。
 今日一日触れなかった分。
 女の子の恰好をした坂井が無防備に眠っている。
 薄く塗られていたグロスは食事の時に落ちてしまったのだろう。
 そんな些細なことや、穏やかな寝息を下村は飽きることなく見つめている。
 その表情は先ほどの凍りつくようなものとはうって変わって、見る者が恥ずかしくなるほど幸せそうだ。
 悪戯心をくすぐられ、眠っている坂井の唇に自分のそれを触れさせた。
 何度かそれを繰り返し、鼻筋や頬や額にもキスをする。
 執拗に繰り返される悪戯がくすぐったかったのか、弛緩していた坂井の体に力が入る。
 覚醒を察して、下村が顔を離す。
 ぱたぱたと睫毛が何度か上下して、坂井の黒々とした瞳に下村の姿が映し出された。
「……? あれ? しもむら?」
 寝起きの回らない舌があどけない口調にする。
「おはよう」
「……ココ、どこだ? 何時?」
「小会議室。時間は四時前。お前、安見をナンパしてた連中に薬で眠らされてたんだ」
 ちょっと考える様子を見せていた坂井が、寝てたから知らないと結論を出した。
「お前、何してんの?」
「あ? 俺が来たからお前の貞操は守られたんだからな」
「わけわからん」
「あぁ、そう」
 笑いながら下村が口唇を押し付けてくる。
 なんだよ、とあまり嫌がっている様子ではないが、一応と体を捩る。
「せっかくこんなに可愛い坂井がいるんだから、キスしないともったいない」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。って、お前もう着替えてんのかよ!?」
「もう閉店だからな。閉会式ももう始まる」
「行かねぇと」
「間に合わねぇよ。それよりさ、坂井」
「しないからな!」
 二人きりの部屋、夕暮れ時という時間帯。
 今の坂井の恰好に、されかかったこと。
 下村がその気になる要素は揃っている。
「誰が助けに来たのかな?」
「卑怯者!」
 ぎりりと睨みつけてくる目ににこやかに笑って、下村はいつもよりも丁寧な手付きで坂井の服を脱がしていった。
 閉会式は終わっただろうか。
 後夜祭が行われる予定の校庭から聞えてくるざわめきと音楽が、遠くに聞えていた。


 小会議室からは校庭の大きな焚き火が見下ろせる。
 有志のバンドの舞台があったりとイベントの終盤は大いに盛り上がっていた。
「大丈夫か?」
 下村が傍らの坂井を気遣い声をかけると、
「誰のせいだと思ってやがる」
 辛辣な返事がかえってきた。
「最悪。中、出すなっつったじゃねぇか」
「ごめんって。余裕がなかったんだよ」
「今日はほんっといいことねぇ日だった」
 しみじみと坂井が言う。
 下村は意外にもいいことのある一日だったからなんとも言えない。
 しばらく二人で最上階から後夜祭が行われている校庭を見下ろしていた。
「この学校のジンクス知ってるか?」
「ジンクス?」
「そ。あんまりロマンチックな伝統には縁がない学校だけど、一つだけ恋愛に関する噂がある」
「聞いたことねぇよ。どんなのだ?」
「学祭の後夜祭に、この焚き火の見えるところで誰にも見られずにキスしたらそのカップルは幸せになれます」
 言いながら下村は窓を開け、真下を覗き込む。
 確か下は野球部のベンチが置いてあるはずだ。
 坂井もつられて覗き込む。
 秋の日没後。
 肌寒い風が頬を撫でる。
「お、斉木発見」
 下村の言った通り、ベンチには野球部の斉木と幼馴染の彼女がいた。
 気のおける者同士のカップルということもあり、何かあればすぐに喧嘩になり恋人らしくなるのにかなり苦労しているようだったが、今日は無礼講ということもあってかいいムードだ。
 ぎこちないキスシーン。
「後夜祭でキスしてるカップルを目撃したら、必ず当人に知らせてやること。じゃないと、そのカップルは不幸になるってな。上手いジンクスだろ?」
「斉木に後で言うのか?」
「俺が言わなくても他の連中もしっかり見てるよ。フェンスの後ろ、見てみろよ」
 言われて視線を向けてみると、斉木と仲のいい野球部の面々が覗いていた。
「な?」
「悪趣味な伝統だな」
「成功者はほとんどいないってさ。あ、秋山夫婦は成功者だって噂を聞いたことがある」
 ふうん、と坂井が生返事をする。
 視線は斉木から外れて煌々と燃える炎を見ている。
「効果は抜群。ロケーションも絶好。どう?」
 片手を坂井の頬に添え、甘ったるい笑みを向けてくる。
 が、
「お前がそんなロマンチストってタマかよ」
 くっくっと笑われる。
「たまにはいいだろ?」
「ホントに誰も見てねぇんだろうな」
「誰がこんなところ見上げるかよ」
 お互いを見るその目に過ぎる意志を読みあう。
 坂井の頬に触れていた下村の手が、包み込むようなものに変わる。
 呼吸が近付いて、坂井が先に目を閉じた。
 ほんの少し仰向くように喉を反らす仕草は自らキスを強請る時の坂井の癖だ。
 ゆっくりと重なった唇は温かい。
 果たしてこのジンクスの行方は…………


「あ」
 この声によって破られていた。
 声の主はその日、手を負傷してからは人員不足だとして売り子に回されて疲労困憊し、後夜祭では噂のジンクスをともにするような相手もおらず校庭の端のなだらかな斜面に座ってぼうっと炎を眺めていた高岸である。
 目に入ったのは向かいの校舎の最上階で開いた窓。
 ちなみに高岸は目がいい。
 周りにいるジンクスとは無関係の人間には見えないだろう。
 窓から顔を覗かせたのは下村だった。
 あんなところで何をしてるんだろう。
 そう思っていると、隣から女の子が顔を出した。
 可愛い。
 と第一印象。
 坂井に似ているな。
 と第二印象。
  ……下村さんの彼女かな?
 それが第三印象。
 仲が良さそうだなと思う。
 あの下村に彼女がいるというのは聞いたことがないが。
 下村だし、いるかもしれないな。
 いろいろと考えながら見るともなしに見ていると、下村と女の子が向き合った。
 あ。
 と思って、見てはいけない、と心の中で思う。
 だが、そんな意志に反して視線は一つの窓の向こうの光景からはがれない。
 ジンクスが。
 と思っているうちに二人の距離が縮まってしまう。
(う、わー!!??)
 見てしまった。
 よりにもよって学園祭の後夜祭、その時のキスシーンを目撃してしまった。
 なんて薮蛇な男なんだ、自分は。
 自己嫌悪に浸りながらもじっと視線を注いでしまう。
 目撃してしまいましたと申告しなければそのカップルは不幸になってしまう…… と、言うことは、この後下村のところまで行って、さっきのジンクスのキス失敗させてしまいましたと言わなければならないのか。
 殺されに行くようなもんだ。
 どうしよう。
 悶々としていると長い長いキスが終わって、女の子が照れたように笑った。
 その様子に高岸の鼓動が高鳴った。
 ドキドキする。
 さっきまでとは違う意味で視線がはずせなくなる。
(うわっ、うわぁっ!? やばいっ、これ、これって……)
 部活ばかりしている高岸でも高校生になって今に至るまでに何度か経験したこの胸の高鳴りは……
 恋!?
 ここに尊敬する先輩のロマンチックなジンクスをぶち破り、さらにその恋人に一目惚れをかました哀れな悩める少年が誕生した。


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この学校はどんな構造をしているんだろう、とか、土崎さんが司書ってどうだろう、とか考えないようにしましょう。
このジンクスは途中で書いてて「甘い――――!!!!!」とちゃぶ台ひっくり返してしまいましたが、押さえて書きました。ヒュウマだって親父のちゃぶ台返しを見て巨人の星になったんだ(意味不明)
そして、高岸から発生する謎の→3コ目。高岸→(女装)坂井であります。もう本当にダメだよ、高岸。このままじゃ、安見のためにお前、死ぬことになっちまう!!次は後日編です。どうぞ。

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