※注意
この作品は死んだはずの人がでてきて、ありえない会話が成立しています。


年越し企画
Game & Kiss




 年の暮れ。

 みんながみんな、忙しい時期である。
 大掃除に仕事納め。
 次の年を、清々しく過ごすための身辺整理などなど。
 N市もそれは例外ではなく、寒さも厳しくなった街はどこかそわそわとしている。

 が、そんな街の様子など構ってられない連中がここに数名。
 川中エンタープライズの、小粋でケダモノな社員達である。
 厄介事にも首を突っ込むなら、年中行事にも喜んで手を出す社長のご命令の下、普段はフロアマネージャーやらバーテンの仕事をするだけの男達が何故か、忘年会準備に追われている。
 ほぼオールメンバーを集める毎年恒例の忘年会はただ事ではなく、年長の遠山先生から最年少は安見までを呼んで開かれる。
 それは別にいい。
 年に一度の無礼講。
 気心知れた面々との飲み会も、楽しい。
 ただ、
「オードフル頼んだりすりゃあ、早いんじゃねぇのかよ」
「うるせぇ、下村。口動かす暇があったら手ぇ動かせ」
「坂井さーん、このままだとキャベツ、足りませんよねぇ」
「買って来い。高岸」
「そんなー。俺、さっき買出しから帰ってきたところですよ。藤木さん」
「いいから、行けっ」
「酒ってアレで足りんのかよ」
「足りねぇ。絶対足りねぇ。高岸っ」
「わかりましたよ。行って来ますよ」
 ブラディ・ドールの決して広いとは言えない厨房で、社員達は奮闘していた。
 料理人なら、川中エンタープライズの他の店のシェフや、秋山のところのシェフもいるはずなのだが、何故か料理の作成は社員がやることが既に暗黙のルールになっていた。
 よって、藤木・坂井・下村・高岸の四人は、ただいま各々鍋やら食材の山やらと格闘中である。
 なんせ、集まる人数の多さに加え、みんながみんな結構な大食漢に酒豪。
 甘く見ていてはいけない。
 そうして、社長の笑顔に射落とされた男達は愚痴を零しつつも毎年毎年この日になると気合をいれて出勤してくるのだった。


 さて、夕方。

 準備を大方終えた面々は、それでもさすがにぐったりとして、思い思いに会場となるブラディ・ドールのフロアで伸びていた。
 会場セッティングはできている。
 普段は、客同士の会話が聞えないように位置するソファーやらテーブルやらを、中央に円状に並べるだけ。
 料理もずらりと並んだ。
「おー、ご苦労さん。今年も盛大だなー」
 やってきた発案者川中は、子供のように目をきらきらさせて並んだ料理を眺めた。
 この笑顔を見るために、男達は朝から働いたのだ。
「わー、すごーい」
 安見も毎年恒例のこの忘年会を楽しみにしているらしく、にこにこと上機嫌だ。
「言ってくださればお手伝いしますのに」
 菜摘の申し出は嬉しいが、あの修羅場並の厨房にご婦人を入れたくはない。
 おまけに秋山夫人だ。
 律っちゃんに殺される。
「毎年毎年ご苦労なことだな」
 いくらかくたびれた四匹の忠犬に、宇野の辛辣な一言がかかった。
 けれども、宇野もそんなことを言いつつ毎年、この席に足を運んでくれるのだ。
「さて、だんだんメンバーも集まってきたし、始めるか」
 そうして、川中主催の忘年会は今年も無事に開催された。

「坂井く―ん、もう一杯」
 どんなに会場をセッティングしようが、バーテンの指定席はカウンターの中。
 と言っても、基本的には宴会なのでそうそうカクテルのオーダーは入らない。
 お呼びが掛かれば席を立ち、シェーカーを振って自らボーイ役もこなす。
 今も、大崎女子のオーダーでカンパリ・オレンジを作りあげていた。
 ちらほらと酔いの回ってきた人がでてきたようではあった。
  その坂井の耳に、
「おーさまげーむー!!」
 奇妙にハイテンションなお声が飛んだ。
 思わず、坂井の手が止まる。
 おおさまげえむ?
 そう叫んだのは、女王・山根。
 はぁ、いかんっ!できあがってる!
 できあがっているのは、山根だけでなく女性陣みんなか!?
 安見の顔が赤いのは何故だ。
 保護者同伴の飲み会の席でそれはありか。
「坂井、早く戻れよ」
 川中が楽しそうな顔をしているのが、一番性質が悪い。
 こんな乗りを一番嫌いそうな宇野も、今日は無礼講と割り切っているのか平然とジャック・ダニエルを口に運んでいる。
「はーい、クジ引いて―」
 いつの間に用意していたのか、山根の手には人数分のクジが握られている。
 ………ヤバイ。
 坂井は、僅かに背筋を凍らせた。
 こう言うクジには弱いのだ。
 賭けならなんとかなりそうなのだが、クジは弱いのだ。
 みんなが嬉々としてクジを引いていく。
 坂井が、カクテルを手に席に戻った時には既に山根の手には一本しか存在していなかった。
 ………残り物には福。
 イマイチ信憑性のない先達の言葉に縋ってみようと、坂井はクジを引いた。
 ………5………
 サインペンでそう書かれたクジを握り締める。
「王様、だぁれ?」
 呂律の回っていない安見の問いに、
「わったしー♪」
 やはり、女王は女王。
 山根女王が手を挙げた。
 川中や叶や下村が、つまらなそうに舌打ちする。
 ………テンションがおかしい………
「じゃーねー」
 酔って、桜内の体に半身預けた山根が、ちょっと考え込む。
 果たして、この中で何人が、自分の持つ番号が口にされないように願っているのだろうか。
「そうね………じゃあ、7番とぉ………」
 ………と?
「あっつーいキスをしてもらいましょう」
 誰が?
「5番の方!!」
 ………見ろよ、やっぱりだ。
 勘弁してくれ。
 相手は誰だよ。
 相手は。
 安見と菜摘さんとかだったら絶対に殺される。
 遠山先生だったらどうしよう。
 もう、生きていけない………神様、そんなに俺が憎いか。
「誰だー? 7番と5番引いた奴」
 桜内が面白そうに面々を見渡した。
 くそう。
 自分に害がないとわかって楽しんでる。
「7番。オレ」
 平淡な声で主張したのは………
「叶かー」
 全然救われない………
「5番はだあれ?」
 楽しんでいるのか、菜摘の声も心なしか幼く聞える。
 いや、それは酔いか?
「坂井、何固まってる………あ」
 ひょいと、俺の手元を覗いた立野さんが、にやりと笑った。
「女王様、ここに茫然自失とした生贄がございますが」
 瞬間、好奇の眼差しと凍てつくような眼差しが同時に坂井を刺した。
「やったわ。坂井くん、狙ってたのよ」
 山根。俺がお前に何をした。
「坂井かぁ。悪くないな」
 何が悪くないんですか。叶さん。貴方には宇野さんと言うターゲットがいるんじゃないんですか?
 勿論、そんなことは口にできるはずもない。
 ちらりと下村を見やれば、不敵な笑み。
 更に背後に気配を感じて振り返れば、殺し屋の風格たっぷりに余裕で俺のバックをとった叶さん。
「か、かのうさん………?」
「坂井。ゲームだよ。ゲーム」
「いや、ちょっと待ってくださいよっ」
 下村。冴え冴えとした視線。
 宇野さん。あぁ、そんな無関心を装って………止めて下さいぃ。
 焦る坂井をよそ目にして、場は奇妙な盛り上がりを見せていた。
 ぽんと、肩に大きな手が掛けられた。
「え、ちょっ………叶さ……ん?」
 明らかに女を口説くモードに入っている叶の眼は、僅かに伏目がち。
 こうやって女だけでなく、この街で一番気難しい弁護士を口説いているのか。
 いやらしく曲線を描く唇が、坂井の耳元で諦めろと囁く。
 殺し屋のくせに、乗りやすい叶だ。
 その長い腕は、坂井の存外に細い腰をくるりと抱いてしまっている。
「叶さん、宇野先生が見てますよ?」
 なんとか、逃れようと坂井は抵抗を試みる。
 それでも、こんなセリフを宇野自身に聞かせるわけにはいかず、小声。
「俺の獲物はあんまりにも素っ気なくてね。たまには妬いてもらおうかと思ってな」
 耳朶を噛むようにして、囁きを吹き込む。
「俺を利用する気ですか?!」
 冗談じゃないと、坂井は殺し屋の腕の中で身を捩った。
「坂井、罰ゲームだ。諦めろ」
 川中がビールを片手に、事も無げに言ってくれる。
「坂井さーん。男らしさを見せてくださーい」
 高岸も半分正気でないのか、半殺し決定打を自らかっ飛ばす。
「だ、そうだ。眼ぇ、閉じたかったら閉じてろ」
「勘弁してくださいよ!」
「うるさい。坂井」
 子供を叱るような口調で叶が笑って、坂井を抱き寄せる腕に力を込めた。殺し屋の手中に収まっている獲物はなす術もない。
「いやです! ホントに、冗談じゃねぇって!!」
 さすがの坂井も牙を剥いたが、それも一瞬。
 シガリロの匂い濃く香る腕の力が、一段と強くなった。
 息が苦しいと文句を言おうとした坂井の唇は、叶に塞がれた。
「………っ」
 声にならない罵声は、口内から口内へ直接告げられる羽目になる。
 叶の舌は巧みに、坂井の口内に入り込んできて蹂躙する。
 獲物を食らう猛獣を思わせる。
 歯列をなぞり、舌を絡め取られる。
 下村の口付けとは、違う。
 坂井の手は、叶の肩を必死で突っぱねている。
 叶も、ただ単に宇野を妬かせる為の都合のいい手段だったのだが、まるで初心な少女のような反応を返す坂井がなんとなく面白いと思ってしまったから、行為は執拗。
「………っ、か………の、さん」
 女王様の言いつけどおりの熱い口付けの合間に、坂井が抗議の声を切れ切れに上げる。
 さて、そろそろ背中に突き刺さる二人分の視線の温度も氷点下に達したようだし、切り上げるかと叶は、坂井を濃厚な口付けから解放してやった。
 唇を濡らす二人分の唾液を指先で拭ってやってから、拘束していた腕を解く。
 途端、縋るように叶の腕を坂井が取るが、その仕草は面々からは死角になって見えてはいないようだ。
「女王様、ご満足いただけ……ま、したかって……」
 ポンポンと坂井の頭を叩いてあやしながら、叶が山根を振り返る。
 振り返って、数名を残し既に自分達から興味を無くしてしまっている連中の姿を眼に止めた。
 言い出しっぺの山根までもが、藤木バーテン代行が作ったのであろうカクテルを傾けてドクに絡んでいる。
 ただ、宇野と下村がやけに俯き加減で黙々とアルコールを口に運んでいる。
 まぁ、この二人さえ反応してくれればそれでいい。
 ほくそ笑む叶を、ぎろりと坂井が睨み上げた。
「悪かったな。坂井」
 ニヤニヤ笑って、席に戻る前に、
「ご馳走さん」
 と口走る。
 が、
「うっ!?」
 次の瞬間呻き声を上げて、叶が腹を押さえて蹲った。
「さ……かいぃっ!?」
 鳩尾にめり込んだ拳は、強烈なダメージを与えてくれた。
 不覚、と顔に大書して叶は、スゴスゴと席に戻る。
 坂井は、口元を何度も拭いながらカウンターの方へ引き返していった。
「アレ? 叶、もう気はすんだのか?」
 叶が席に着いたことでやっと、王様ゲームを思い出したのか、川中が声をかけてくる。
「これ以上ご馳走になったら、お宅の左手がやたらと頑丈な社員に殺されかねないからな」
 イテテと苦笑いながら叶は、向かいに座っている下村をちらりと見た。
「ゲーム、でしょう? 叶さん。それよりも、ご自分のフォローに回られたらいかがでしょうか?」
 営業用の笑顔で下村が返した。
 隣の宇野が、あるかなきかの反応を示したように見えた。
「心遣いありがとよ。お前も、自分のフォローに回れよ」
「そうさせていただきますよ」
 言うなり下村が立ち上がる。
 それを見送って、川中はくっくと笑いを殺す。
「うちの若い連中をからかってくれるなよ。叶」
「からかっちゃないさ。ゲームだよ。ゲーム」
 半分は川中に、もう半分は隣の決して素直にはならない、なれない弁護士に。
 かすかな嘆息を漏らして、川中は藤木にドライ・マティニィをオーダーした。


その後は2パターン
宇野さんと叶さん編「お見通し」    下村くんと坂井くん編「Kiss&Kiss」


2000/12/25
珍妙な年越し企画でございます。ほぼ、趣味でやっております。叶×坂井ギリギリ。でも、下坂を捨てきれないと言う……阿呆丸出し。

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